キー・コンピテンシー(世界標準の学力)と教育行政について~平成24年12月定例会一般質問および答弁です。
皆さま、こんにちは。民主党・県政クラブ県議団の堤かなめです。今回は、キー・コンピテンシー(世界標準の学力)と教育行政について質問いたします。
1.キー・コンピテンシーについて
はじめに、キー・コンピテンシー(Key Competencies)についてです。文部科学省は「主要能力」と訳していますが、OECD(経済協力開発機構)が提唱する「世界標準の学力」のことです。OECDは、グローバル化と高度情報化にともない、多様化・複雑化した社会に必要とされる能力を、2003年(平成15年)に暫定的な概念としながらも、「キー・コンピテンシー」として提示しました。
この概念には、3つのカテゴリーがあります。社会的に異質な集団で共に活動できる力、自律的に活動できる力、そして知識や情報を活用できる力です。日本においても、工業社会から知識基盤社会への世界的な転換にともない、このような能力を有する人材の育成が課題となっています。
知識基盤社会になると「モノづくり」がなくなるのではなく、単なる「モノづくり」から知識や情報に包まれた「モノづくり」に代わっていくということです。自動車を見ても、電気自動車には、旧来の自動車とは全く異なる知識と情報が詰まっています。太陽光発電にしても、太陽の動きを自動的に追っていく太陽追尾型や、太陽光を効率よく吸収する集光型、あるいは曲がった面に塗ることもできる有機太陽電池も開発されています[1]。
つまり、エネルギーと原材料を大量に投入することが必要な産業から、知識を大量に投入することが必要な産業へと、移行してきているのです。したがって、知識基盤社会にとっては、前回質問しました図書館の振興など、教育への投資、教育の改革が決定的に重要になります。
では、どのような教育改革が求められているのでしょうか。文部科学省は平成10年に改訂された学習指導要領の中で、「生きる力」を育むという理念を打ち出しました。これは、思考力・判断力・表現力の育成に重点を置いたものであり、キー・コンピテンシーという概念を先取りしたものであったと言えます。また、昨年度から小学校で、今年度からは中学校で、新しい学習指導要領がスタートしました。スタートに際し、文部科学省は、『これからの教育は、「ゆとり」でも、「詰め込み」でもありません。次代を担う子どもたちが、これからの社会において必要となる「生きる力」を身に付けてほしい。そのような思いで、新しい学習指導要領を定めました。[2]』としています。
一方で、慶應義塾大学経済学部教授の金子勝氏が「日本の一部の教育改革は、全く逆の方向に向かっている」と指摘するように[3]、規律や規則を強制的に押し付けるような「改革」が進められている現状もあります。キー・コンピテンシーや「生きる力」の育成とは逆方向であるということです。
つきましては、「生きる力」やキー・コンピテンシーといった国際標準の学力につきまして、杉光教育長のご見解をお伺します。
2.教育行政について
次に、教育行政に関して、「少人数学級の推進」、および「学力調査の見直し」の2点についてお聞きします。
1)少人数学級の推進
1点目に少人数学級の推進についてです。
初等教育における平均学級規模のOECD平均は21人。日本の小学校は28人と平均より7人も多く、加盟34カ国のうちチリに次いで2番目に多くなっています[4]。前期中等教育における平均学級規模のOECD平均は23人。日本の中学校は33人と平均より10人も多いのです。福岡県全体の平均学級規模は、日本平均とほぼ同様に、小学校で28人、中学校で34人と、OECD平均よりも、小学校では7人、中学校では11人も多くなっています。
国際水準に近づけるためにも、また、新しい学習指導要領に基づいた教育を進めていくためにも、授業の形を大きく変える必要があります。生徒全員が黒板に向かって行う一斉授業は、途上国を除けば、「過去の遺物」となっています。いま世界では、一斉授業から協同的学びへと変わってきています。この「教室の静かな革命」は、1980年代にカナダを中心に広がり、1990年代前半にアメリカ、後半にヨーロッパ各国に普及し、2000年代以降はアジア諸国にも浸透してきました[5]。
日本でも、生徒が学び合ったり、グループで調べ学習をして、その結果を発表し討議するといった協同型、双方向型の授業をもっと増やさなければなりません。少人数学級では、様々な場面で協同学習を取り入れやすく、教育効果が高くなります[6]。
国立教育政策研究所が京都府で行った研究によれば、「少人数学級で学んだクラスの方が学力テストの成績がよい」という結果が出ています[7]。生徒指導の面での効果も明らかです。大阪府では欠席率が減ったという結果[8]が、山形県では不登校の子どもが減った[9]という結果が報告されています。
全国小学校校長会が行った調査によれば、少人数学級では、教師の立場からみて、「生徒の学習意欲が向上した」が97%、「きめの細かい指導が充実した」が99%も占めました。保護者の立場からも、「教員がきめ細かく対応してくれる」が95%、「子どもが勉強好きになった」が84%にも上りました[10]。また、子どもの変化に教員が気づきやすくなり、いじめの早期発見につながると言われています。
文部科学省は、「新・定数改善計画案[11]」を平成22年に策定しました。この計画では、35人学級を小中学校の全学年へ計画的に拡大することが初めて打ち出されました。また、いじめ問題への対応や特別支援教育の充実、外国から来た子どもへの日本語指導など、重点課題に対応する教職員を増やすことも盛り込まれています。
現在、日本では、技術革新・イノベーションが滞りがちだと言われています。このままでは、ますます日本独自のモノやサービスが減っていきます。たとえば、今日の電池革命を先導するリチウムイオン電池は、日本のオリジナル技術ですが、昨年韓国に世界シェア1位を奪われ、特許出願件数でも中国に追い上げられているという状況です[12]。
イノベーションが思うように進まないのは、キー・コンピテンシーを先取りした「生きる力」が、いまだ理念に止まっており、世界標準の学力をもつ人材が育っていないからではないでしょうか。理念だけに終わらせないためには、やはり世界標準の少人数学級を、せめてOECD平均並みの学級規模を実現する必要があると考えます。
つきましては、福岡県における少人数学級の導入状況および少人数学級の成果や重要性について、教育長にお伺します。
<教育長からの答弁>
国においては、知識基盤社会の到来やグローバル化の進展により、幅広い知識や柔軟な思考力に基づく、新しい知や価値を創造する力をもった人材の育成が必要である。
新学習指導要領では、「生きる力」として、基礎的・基本的な知識や技能の確実な習得とともに、思考力・判断力・表現力等の育成を示しており、具体的には各教科の指導の中で、観察・実験やレポート作成等の知識・技能を活用する学習活動や教科等を横断した課題解決的な学習や探究的な活動を充実するよう求める。
これらは学習指導要領改訂時に、中央教育審議会において、キー・コンピテンシーについて審議された結果、学習指導要領に反映されたものであり、21世紀を担う児童生徒にとっての重要な学力である。
2)全国学力・学習状況調査の見直し
2点目に全国学力・学習状況調査の見直しについてです。
文部科学省では、小6と中3を対象に、全国的に子どもたちの学力状況を把握する「全国学力・学習状況調査」を平成19年度から実施しています。当初の3年間は、全ての子どもを対象とする「悉皆方式」でしたが、平成22年度からは全数の約30%を抽出する「抽出方式」に変わりました[13]。しかし、平成22年度と24年度と過去2回にわたって、福岡県では「希望利用」による調査を追加して、事実上「悉皆方式」の調査を実施しました。
子どもひとり一人の学力を確実なものにするには、子どもたち全員を対象とする「悉皆方式」がやはり必要だとの声も確かにあります。しかしながら、「悉皆方式」には利点よりも弊害の方が大きい、という意見も根強く存在します。
国際的な学力調査で世界トップレベルにランクされているフィンランドでは、「抽出方式」の調査しかなされていません。調査の点数が低い学校には、すでに少人数の学級にさらに教員を加配するなどの措置を取り平等性を高めています。調査の目的は、行政が平等な教育を行えているかをチェックするためであり、競争をあおることではないのです。
一方、「悉皆方式」では各学校の点数が、公表されないとはいえ、毎回把握されるため、点数に一喜一憂するなど、過度の競争意識が広がることが懸念されます。調査が行われる前には、多くの学校で「事前練習」が行われているとのことです。点数アップを目指し「事前練習のために授業をつぶす」など、まさに「本末転倒」と言うべき事例もあるようです。このような短期的な成果を求める風潮の中で、じっくりと「生きる力」を育む教育は果たして可能なのか、疑問を持たざるを得ません。
また、学力の低い子どもに対して、調査の日に学校を休むようにそれとなく仕向けるといった、信じられないような事態も起きていると聞いています。すなわち、高い精度を求めて「悉皆方式」を実施するという、まさにそのことがデータの精度を下げるという逆説的な状況も起きているわけです。
多忙化も問題です。現場の教員は、日常的に超過勤務や持ち帰り仕事が多く、子どもに向き合う時間や教材研究などにも時間がとれないのが実態です。県や市独自の学力検査もある中で、さらに全国調査が加わり、調査のための準備や実施が、子どもたちにも教職員にも大きな負担となっています。また、全国調査は、学年始めの4月に実施されるため、修学旅行や家庭訪問などの行事と重なり、教育現場にマイナスの影響を及ぼしています。
そこで杉光教育長にお聞きします。福岡県は平成22年度に続き、今年度も「希望利用」を追加し「悉皆方式」の調査を行っていますが、今年度の追加調査や分析などにかかった費用についてお聞きします。また、「悉皆方式」の調査は無駄や弊害が多く見直すべきだと考えますが、このことについて、教育長のご見解をお伺いし、私の一般質問を終わらせていただきます。
<教育長からの答弁>
希望利用方式、いわゆる追加調査による採点や集計等の費用は、例年の国語、算数・数学の実施の場合は、4,500万円余、本年度は理科が新たに追加されたことにより、5,700万円余。
全国学力・学習状況調査を悉皆で行うことにより、市町村や学校は、調査対象全ての児童生徒の学力実態等を把握することができ、調査結果に基づいた市町村の教育施策の検証や各学校の日々の授業改善等を行っており、悉皆調査の継続が必要。
学力調査問題を教職員が共通理解し、日々の授業に計画的に活用することは重要と考えるが、調査結果に基づいた日々の授業改善を行わずに、全国調査直前のみの練習等は、本調査の趣旨に基づいていないと考える。
<要望>
杉光教育長からご答弁いただきました。
35人以下学級については、加配定数の活用などにより、小学校の9割、中学校の6割で実施されており、一定の効果が認められているとのことでした。先に述べましたように、OECD平均の学級規模は小学校で21人、中学校で23人であること考えると、福岡県では、せめて35人以下学級の「100%完全実施」を早期に達成すべきと考えます。そのためにも、県独自の取り組みや、ご答弁いただきました「教職員定数改善計画」の早期策定に向けた国への働きかけを、改めて要望いたします。
学力・学習状況調査については、「悉皆方式による調査の継続が必要」とのお答えでした。私はかつて「社会調査法」の科目を大学で担当しておりました。曲がりなりにも社会調査法の専門家として、お答えいただいた目的であれば、他の多くの行政調査と同様、数年に1度の「抽出方式」で十分であることを指摘させていただきたいと思います。現状を鑑みますと、「悉皆方式」から得られるメリットよりも、現場の負担増などのコストの方が大きいと言わざるを得ず、調査方式の再考を強く求めます。
以上、2点を要望し、降壇させていただきます。
[1]金子勝、神野直彦『失われた30年―逆転への最後の提言』NHK出版新書、2012年、195‐196頁。
[3] 同上書、203頁。
[4] 2012年OECD調査
[5] 佐藤学『学校を改革する―学びの共同体の構想と実践』岩波ブックレットNo.842、2012年
[6] 『AERA』2012年11月5日号「保護者からの期待も大きい少人数学級の更なる推進」
[7] 『AERA』同上稿
[8] 大阪府教育委員会「大阪府における少人数学級編制(公立小学校)」
[9] 山形県教育委員会「教育山形『さんさん』プラン」
[10] 『日本教育新聞』平成24年10月22日10頁
[11]正式には、新・公立義務教育諸学校教職員定数改善計画案
[12] 岸宣人『「電池」で負ければ日本は終わる~新エネルギー革命の時代~』早川書房、2012年178頁
[13] 平成23年度は、東日本大震災のため取りやめとなった。
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